あと何回、会えるだろう。ニュージーランドから一時帰国して、母と巡る仙台・松島(前編)
- キオラ!ロトルア
- 1 時間前
- 読了時間: 7分
私の母は、何度かニュージーランドへ遊びに来てくれたことがあります。
けれど母も高齢になり、最近では以前のように気軽に「いつでもおいでよ」とは言えなくなってしまいました。
必然的に、母と会えるのは私が日本へ一時帰国した時だけ。
ふと頭をよぎります。
「あと何回、こうして母と会えるのだろう」と。
ふだんLINEでは頻繁に言葉を交わしていますが、画面越しではない母に会える機会は決して多くないのが現実です。
だからこそ、前回の帰国時は「母とゆっくり過ごすための旅」を計画することにしました。
目的地は、まあるく収まるあの場所で
旅の目的地はどこにしようか。
行き先を決めるのには、いくつかの条件がありました。
実家のある秋田から近すぎると「非日常の旅行気分」が薄れてしまいますし、かといって移動が長すぎれば母の身体に負担をかけてしまいます。
現地ではレンタカーを運転する予定だったので、あまり雪深いエリアは避けたいところでした。
そうなると、グルメの宝庫である北海道は候補から外れることになります。

2泊3日の旅程で、車で回れる観光地が点在していて、美味しいものと温かい温泉がある場所。
そして何より、東京から向かう私たちと、秋田から出てくる母が、現地でちょうどよく合流できる場所。
パズルのピースを合わせるようにして浮かび上がった最適解が、「仙台・松島」でした。
距離と時間の不思議な反比例
待ち合わせの舞台は、仙台駅です。
東京駅から仙台駅までは、およそ350km。
一方、秋田駅から仙台駅までは、およそ260km。
距離だけで見れば秋田からのほうが90kmほど近いです。
仮に同じ時間に家を出たとしたら、当然のように母のほうが先に着くと思いますよね。
けれど、新幹線の世界は少し不思議な反比例を描きます。
東京からの「はやぶさ」がわずか1時間30分ほどで滑り込んでくるのに対し、秋田からの「こまち」は2時間以上を要するのです。
秋田から盛岡までの区間は、在来線の線路を走るため特急並みの速度制限があること。
そして盛岡駅で連結作業を行うこと……
と、つい乗り鉄のようなマニアックな解説をしたくなってしまいますが、理由はそんなところにあります。
何はともあれ、仙台駅の改札前で無事に母の笑顔と合流できました。
ちょうど時計はお昼どきを指しています。

最初の食事は、胃腸を労わるネバネバで
仙台名物の牛タンやずんだ餅は、これからの旅のお楽しみにとっておきたいところです。
それに、レンタカーの貸し出し時間の都合もありました。
まずはサクッと、でも身体に優しい和食を食べられる場所を……
駅周辺を見回すと、見慣れた「大戸屋」の看板を見つけました。
これから始まる美食の旅に備えて、最初の食事は胃腸の調子を整えてくれる「ネバネバ丼」をチョイス。

余談ですが、ニュージーランドにおいて「とろろ(長芋)」はなかなかの高級食材です。
1kgあたり15〜25ドル(日本円で約1,400円〜2,300円)ほどします。
そう思うと、日本で食べる瑞々しいとろろが、いっそう美味しく感じられます。
お腹を満たした後は、駅の敷地内にあるJR駅レンタカーのオフィスへ向かいました。
駅ターミナル内にあり、さほど歩かずに車へアクセスできる利便性は、本当にありがたいものです。
国際運転免許証での手続きもスムーズで、問題なく旅のスタートを切れました。
青葉城の風と、伊達男の美学
初日のルートは、青葉城(仙台城跡)と瑞鳳殿を巡り、今晩の宿がある秋保温泉へと向かうコースです。
仙台の地を踏むのは、小学校の修学旅行以来でしょうか。
当時の記憶はすっかりおぼろげです。
仙台駅から車を走らせること約15分。あっという間に青葉城へ到着しました。
まずは定番のスポット、伊達政宗公の騎馬像の前で記念撮影です。

そこからは、美しく区画された仙台の街並みが一望できました。
佇む政宗公の姿は、今なお圧倒的な威厳を放っています。
彼は「他人に自分がどう映るか」を計算し尽くした、稀代の自己プロデュースの天才だったと言われています。
現代でもおしゃれで洗練された人を「伊達男」と呼びますが、その語源になったのも頷ける格好良さです。
城跡の敷地をのんびり歩いていると、緑のなかに鮮やかな朱塗りの社殿が目を引きました。
「宮城縣護國神社」です。

一度は戦火によって消失したものの、戦後に伊勢神宮の旧社殿を移設する形で再建されたのだそうです。
現在の整然とした美しい仙台の街並みも、かつて中心部が焼け野原になってしまったという悲痛な歴史のうえに成り立っています。

そんな歴史に触れられるのも、旅の醍醐味ですね。
参拝を済ませ、境内の「鯛みくじ」に挑戦してみました。
小さな竿を使って、運を「釣り上げる」ユニークなおみくじです。

おみくじを引くと、いつも「中吉」あたりのリアクションに困る結果を引きがちな私ですが、今回は見事に「大吉」を引き当てました。

隣を見ると、なんと夫も大吉。

「もしかしてこれ、全部大吉が入っているのでは?」
と一瞬疑いましたが、母の手元を見ると「小吉」。
ちゃんとした、くじ引きだったようです。
母はそっと境内の結び所に結んでいきましたが、私たちはこの縁起の良い「おめで鯛」を、お土産としてNZへ連れて帰ることにしました。

忠誠の行方と、それぞれの偉大さ
心地よい高揚感に包まれながら、次なる目的地「瑞鳳殿」へと車を進めます。
駐車場から入り口までは、ゆるやかな上り坂が続いていました。

「最近、足が弱ってきてね」
そうこぼす母ですが、その足取りはまだまだしっかりしています。
一段一段、少し高めに積まれた石階段を上っていくと、参道の脇に厳かに並ぶ石灯籠が目に入ります。
これらは、伊達政宗公が亡くなった際、後を追って殉死した家臣たちを追悼するために寄進されたものだそうです。
「あの世でも、あなたにお仕えします」という壮絶なまでの忠誠心。
実に20人もの家臣が、主君のために自ら命を絶ったといいます。
振り返ってみれば、私もこれまでの人生でさまざまな「会社」という名の主君に仕えてきました。
けれど、人生を賭けて勤めたいと思えるような主君(会社)には、残念ながら巡り合いませんでした。
その代わりと言ってはなんですが、今の私は、自宅にいる愛すべき「猫」に対して日々全力で忠誠を誓う人生を送っています。

さて、瑞鳳殿は政宗公の「霊屋(お墓)」です。
お墓というと、墓石に静かに名前が刻まれた質素なものをイメージしがちですが、目の前に現れたのは、絢爛豪華な色彩と細やかな装飾に彩られた建築でした。

当時は、偉大な功績を残した先祖を「神」や「仏」として祀り、その霊に一族や領地を末永く守ってもらうという信仰が深かったのだそうです。
瑞鳳殿の佇まいを見上げながら、夫が「なんだか、日光東照宮みたいだね」と呟きました。
藩の礎を築いた初代藩主・伊達政宗公と、幕府の礎を築いた初代将軍・徳川家康公。
時を同じくして、同じような祈りと目的を持って建てられたからこそ、どこか響き合う意匠があるのかもしれません。
歴史の教科書を開けば、偉大な人物の名前がいくらでも並んでいます。
けれど、私にとって一番「偉大な人物」を思い浮かべるなら、それはやっぱり、目の前を歩く母です。
そして、もう一人、私の人生において「意外に大事な人物」は、この夫なのだろうと思います。

そんな温かい思考に浸りながら、私たちは瑞鳳殿を後にしました。
車は、今夜の癒やしが待つ秋保温泉へと向かって走り出します。
(つづく)




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