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路面店から自宅ガレージへ。NZの美容院トレンドと「AIに負けない」ビジネスの本質

「そろそろ髪を染めたいな」


そう思い立ち、久しぶりにいつもの美容院へ予約の電話を入れました。


しばらく日本に帰国していたこともあり、少し間が空いての連絡です。


そのお店は、私と同年代の美容師さんが1人で切り盛りするプライベートサロン。


しかし、スマホから流れてきたのは、思いもよらないアナウンスでした。


「現在、この番号は使われておりません――」


以前、髪を切ってもらいながら「私はずっとこの仕事を続けていきたいの」と笑顔で話していた彼女の顔が浮かびます。


慌ててネットで検索してみると、画面には無情にも「閉業」の二文字が。


体調を崩されたのだろうか、それともご家族に何かあったのだろうか。


心配が募り、とにかく自分の目で確かめようと、お店のあった場所へ向かいました。


店舗の前に着くと、入り口のドアには「For Lease(テナント募集)」の張り紙と、不動産業者の連絡先がポツンと残されているだけ。



お店はもうなかった
お店はもうなかった


本当に辞めてしまったんだ……と、長年お世話になっていただけに寂しさが込み上げます。


それでも諦めきれず、隣接するショップへ。


 「お隣の美容院のこと、何かご存知ですか? どこかに移転されたりしたのでしょうか?」


すると、カウンターの店員さんが手書きの携帯番号が書かれた1枚の名刺を見せてくれたのです。


 「あの人なら、自宅で開業するみたいだよ。ここに連絡してみて」


すぐにスマホで写真を撮り、電話をかけると、聞き慣れた彼女の明るい声が返ってきました。


事情を聞けば、現在は自宅のガレージを改装している真っ最中とのこと。


市役所の営業許可(コンセント)が下り次第、そこで新たにスタートする予定だと教えてくれました。

 

「オープンが決まったら、ちゃんと連絡するね」



お店を開業するための営業許可証
お店を開業するための営業許可証


その声を聞いた瞬間、心配は一気に杞憂へと変わり、深い安堵感と「また彼女に髪を切ってもらえる」という嬉しさがじわじわと込み上げてきました。


お気に入りの美容師さんが、自分にとってどれほど大切な存在だったのかを、身に染みて実感した1日でした。


個人事業主が主役の国、ニュージーランド


このエピソードは、実にニュージーランド(NZ)らしい働き方を象徴しています。


実はNZは、世界的に見ても個人事業主や中小企業が非常に高い割合を占める国です。


国内の全ビジネスのうち、従業員ゼロ(オーナー1人のみ、または個人事業主)の割合が約7割。


さらに5人未満の小規模ビジネスまで含めると、じつに全体の9割近くに達します。


かくいう私のビジネスも従業員はおらず、夫と2人だけのスモールビジネスです。


なぜ、これほどまでに小規模ビジネスが根付いているのでしょうか。


その背景には、この国に深く息づく「DIY精神(個人の自立)」の文化があります。


誰かに雇われるだけでなく、「自分のスキルで生計を立てる」「自分のライフスタイルに合わせて働く」という価値観がごく自然なこととして受け入れられているのです。


ITやデザイン、建築、農業支援にいたるまで、プロジェクトごとにフリーランス(個人事業主)として契約を結ぶ働き方は珍しくありません。



個人事業主として働く人が多い
個人事業主として働く人が多い

また、起業のハードルが驚くほど低いことも後押ししています。


個人事業主であれば煩雑な法人設立手続きは不要で、IRDナンバー(税務番号)さえあればすぐにスタートできます。


政府に「中小企業担当大臣」のポストが独立して存在するほど国としてもスモールビジネスを重視しており、オンラインでの税務申告やガイダンスの手厚さなど、1人でビジネスを営みやすい環境が整えられています。


AI時代だからこそ輝く「人につくビジネス」


昨今、AIの進化によって「ホワイトカラーよりも、現場で手を動かすブルーカラーの仕事の方が生き残りやすい」と言われることが増えました。


とはいえ、職人仕事なら何でも安泰というわけではありません。


競争の激しいビジネスの世界で生き残るには、やはり他にはない強みが必要です。


では、私が通う美容師さんの強みとは何でしょうか。


長年担当してもらっている彼女は、私の髪質やカラーの好みはもちろん、私の英語力や性格までも深く理解してくれています。



私の髪質のことをよくわかってくれている安心感
私の髪質のことをよくわかってくれている安心感

私自身、彼女の確かな技術を信頼しているのはもちろん、同じ移民としての共通点や同世代ならではの話しやすさ、その気さくな人柄に大きな魅力を感じています。


そもそも美容師の手技は、AIによる代替が最も難しい領域の一つです。


そこに「人間関係の絆(つながり)」という付加価値が加わることで、彼女のビジネスは唯一無二の強固なものになります。


これまでのお店に通っていた顧客の多くは、多少場所が変わろうとも、きっと喜んで彼女の新しいガレージサロンを訪れるはずです。


自宅開業には初期投資こそかかりますが、毎月の高い店舗家賃から解放され、経費計上などの税制面でのメリットも生まれます。


何より、これまで築き上げてきた顧客との「信頼関係」という最強の資産があります。


彼女のビジネスがこの先も長く続いてくれることは、顧客である私にとっても大きな安心感であり、とてもありがたいことです。


店舗のあり方が変わる、これからのトレンド


コロナ禍以降、NZの美容業界では店舗のあり方に明らかな変化が見られます。


従来の路面店ではなく、既存サロンの1席だけを借りて独立して働く「シェアサロン(面貸し)」スタイルや、今回彼女が選んだような「ホームベース(自宅サロン)」、さらには顧客の自宅を訪問する「モバイル型」などが増加傾向にあるそうです。


これらはいずれも、固定費(家賃)のリスクを避け、個人で手堅く収益を上げるという共通点を持っています。


彼女の選択は、まさに今のトレンドに合致したものでした。


生活費高騰の影響もあり、人々が美容院に通う周期が長くなっているというデータもあります。



物価高が家計を圧迫している
物価高が家計を圧迫している


しかし個人的には、信頼できる人にお願いできるのであれば、サロンの場所や形態が変わることへの抵抗はまったくありません。


これもまた、時代に合わせたしなやかな変化の形なのでしょう。


場所を変えれば、価値はさらに高まる


日本ではコンビニの約5倍もの美容院がひしめき合い、熾烈な競争が行われています。


一方のニュージーランドでも店舗数こそ多いものの、実は「確かな技術を持ったスタイリスト」が不足しているのが現状です。


私が信頼する彼女は、なんと土日を定休日にしています。


一般的な店舗経営の常識から見れば驚くような条件ですが、それでも客足が途絶えることはなく、自宅サロンへとシフトできるほどの顧客を抱えています。


日本では美容師は国家資格であり、技術力もサービスの質も世界トップレベルです。



海外で活躍する日本人美容師さんは少なくない
海外で活躍する日本人美容師さんは少なくない

もしその高いスキルを持った日本の美容師さんが、世界へと場所を変えて勝負したなら――


その価値は、私たちが想像する以上に高く評価されるはずです。


「私にも、世界で通用するそんな一芸があったなら」


ガレージでの新しいスタートを決めた彼女のたくましさに、そんな心地よい刺激をもらった1日でした。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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