タトゥーは文化?多様性を認めあう大切さを示したNZ航空
ニュージーランド人にとって最も魅力的な会社として、先日ご紹介したニュージーランド航空。
CEOのラクソン氏が、今年9月から従業員に対して『人目につく場所にタトゥーを入れることを認める』と発表しました。
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(出所 ニュースサイトStuff)
人を不快にしない図柄であることが条件ですが、この方針は航空会社としてはおそらく初めてで、世界中でニュースになっています。
日本では温泉の入浴制限があるなど、タトゥーはある意味タブー視されていますね。
タトゥー(入れ墨)と聞くと日本人には反社会的勢力が連想されてしまうので、そこからネガティブイメージが生まれたのかと思っていました。
しかし、その歴史はもっとずっと深かったのです。
今からさかのぼること数千年前の縄文時代。
私たち日本人の祖先は、この時代にはもう入れ墨を入れていたと考えられています。
どこの誰かを知るために入れ墨を使っていたようですが、その後、奈良時代になると入れ墨は刑罰の一種として使われるようになりました。
江戸時代には罪人の腕に「悪」という入れ墨を入れたという記録が紀州地方に残っているそうです。
こんなことをされたらどんなに暑くても半袖は着れませんね(苦笑)。
『入れ墨刑』が廃止されたのは明治時代になってからです。
ほんの150年くらい前まで日本にはこんな変わった法律があったんですね。
ただ、そうした歴史が入れ墨に対して反社会的なイメージを日本人に定着させたのだと考えられています。
一方、日本とは違う歴史や価値観をもつニュージーランド。
移民国家であるこの国では様々なバックグランドを持った人々が共存しています。
多様性を認め合うことが重んじられるので、日本でよく言われる同調圧力というのは感じたことがありません。
NZ人にとってタトゥーはファッションの一部のような感覚で、国民の五人に一人、30歳未満だと35%以上もの人々がタトゥーを入れています。
また、先住民族のマオリ族にとってタトゥーは神聖なものとして考えられ、家系や社会的地位(アイデンティティー)を示すものでもあります。
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日本とは全く異なった歴史と考え方をマオリの人々は持っているのです。
国民の多くが自己表現の手段としてタトゥーを入れており、それはもうこの国の文化として考えて良いのかもしれません。
国を代表する企業として、最適な人材を確保することとともに、真の自分を出せる職場であることが重要であるとラクソンCEOは述べています。
人それぞれの価値観を認めあうニュージーランドという国が、また少し好きになるようなニュースでした。